へりくだりましょう

へりくだることはプライドをもつことは正反対のことなのです。 プライドとは自分だけでやっていけるのだという態度をもつことなのです。 へりくだるとは、人が他者からの助けが必要であると認めている態度なのです。 へりくだった人は、自分の考えに頼るのではなく、良く祈り、神の教えに耳を傾けるのです。 

Tコリント 4:7

「 いったいだれが、あなたをすぐれた者と認めるのですか。 あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか。 もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。」

謙遜な態度とはあなたが他者よりもすぐれた者であること思わないことなのです。

Tコリント 15:10

「ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。」

あなたの持つ長所は神の恵みのゆえにあるのです。 あなたと人徳によってではないのです。 あなた自身はあなた自身によって作られたのではないのです。

Uコリント 3:5

「何事かを自分のしたことと考える資格が私たち自身にあるというのではありません。私たちの資格は神からのものです。」

 

へりくだる人に与えられた約束

U歴代氏 7:14

「わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。」

神は人々に、祈りなさい、悪い道から立ち返りなさいと言う前に、へりくだりなさいと言われました。 

Uサムエル 22:28

「あなたは、悩む民を救われますが、高ぶる者に目を向けて、これを低くされます。」

詩篇 25:9

「主は貧しい者を公義に導き、貧しい者にご自身の道を教えられる。」

箴言 11:2

「高ぶりが来れば、恥もまた来る。知恵はへりくだる者とともにある。」

ヤコブ 4:6−7、10

「しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。ですから、こう言われています。 ”神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。” ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。」

Tペテロ 5:5−7

「同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」

 

へりくだるものは神から恵みを受けるのです

ダニエル 10:2−3、12

「そのころ、私、ダニエルは、三週間の喪に服していた。 満三週間、私は、ごちそうも食べず、肉もぶどう酒も口にせず、また身に油も塗らなかった。」

「彼は私に言った。 ”恐れるな。ダニエル。あなたが心を定めて悟ろうとし、あなたの神の前でへりくだろうと決めたその初めの日から、あなたのことばは聞かれているからだ。私が来たのは、あなたのことばのためだ。”」

U歴代志 12:12

「このように、彼がへりくだったとき、主の怒りは彼の身を離れ、彼を徹底的に滅ぼすことはされなかった。ユダにも良いことがあったからである。」

イザヤ 57:15

「いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方が、こう仰せられる。 ”わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。”」

 

現実をチェックする

ヨハネ 15:5

「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。」

申命記 8:3

「それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。」

Uコリント 10:17−18

「誇る者は、主にあって誇りなさい。 自分で自分を推薦する人でなく、主に推薦される人こそ、受け入れられる人です。」

 

へりくだって歩む

ローマ 12:16

「互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。」

Uテモテ 2:24−25

「主のしもべが争ってはいけません。むしろ、すべての人に優しくし、よく教え、よく忍び、反対する人たちを柔和な心で訓戒しなさい。もしかすると、神は彼らに悔い改めの心を与えて真理を悟らせてくださるでしょう。」

ピリピ 2:3

「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。」

 

気をつけてください

箴言 16:18

「高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ。」

Tコリント 10:12

「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。」

箴言 29:23

「人の高ぶりはその人を低くし、心の低い人は誉れをつかむ。」

 

神は私たちがへりくだることを求めておられるのです。

テトス 3:2

「また、だれをもそしらず、争わず、柔和で、すべての人に優しい態度を示す者とならせなさい。」

ミカ 6:8

「主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。」

 

イエス様はへりくだったお方でした

マタイ 11:29

「わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。」

ピリピ 2:5−8

「あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。」

ヨハネ 5:30

「わたしは、自分からは何事も行なうことができません。ただ聞くとおりにさばくのです。そして、わたしのさばきは正しいのです。わたし自身の望むことを求めず、わたしを遣わした方のみこころを求めるからです。」

ヨハネ 13:14

「それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。」

イエス様がおられた時代、人の足を洗うというのは、お手伝いの人がやるような、今で言うならば、トイレ掃除のような奉仕だったのです。

 

へりくだる人は高めれらるのです

マタイ 18:3−4

「言われた。”まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。」

ルカ 14:11

「なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」

ルカ 18:13−14

「ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。 ”神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。” あなたがたに言うが、この人が、義と認められて家に帰りました。パリサイ人ではありません。 なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」