十一献金は主の働き人(牧師、伝道師等)に属するのです

 

もし十一献金が旧約聖書の時代における主の奉仕者のものであるなら、(実際にそうであったのです)Tコリント9:13−14 の御言葉をとうして明らかなように、新約時代における十一献金も主の働き人のためのものなのです。

Tコリント 9:13−14

「あなたがたは、宮に奉仕している者が宮の物を食べ、祭壇に仕える者が祭壇の物にあずかることを知らないのですか。 同じように、主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活のささえを得るように定めておられます。」

14節においての”同じように”という言い回しが大切なポイントを表しているのです。 この”同じように”という意味は旧約聖書の時代においての十一献金の役割を示しているのです。

民数記 18:21

「さらに、わたしは今、レビ族には、彼らが会見の天幕の奉仕をするその奉仕に報いて、イスラエルのうちの十分の一をみな、相続財産として与える。」

イエスキリストの福音が広く伝わらない主な理由は、福音宣教を一番願う人達、すなわち説教者、伝道者に必要な経済力が不足しているからなのです。

神は説教者のために豊かな備えをされたのです。 神があなたに託された働きをするために必要な経済的必要をはるかに超えて主は備えられたのです。 しかし、悪魔はそうならないように働いているのです。 いったい誰の責任なのでしょうか? 私たちの責任なのです。 私たちがこのことをサタンに許してしまったのです。

神は主の奉仕者(牧師、伝道者)に十一献金を与ました。 なぜなら私たちはこれまで、聖書的繁栄、十一献金についての御言葉からの説教が十分にされていないために、人々は信仰をもってささげようとしないのです。 ですから私たちは受けるべきものを奪われた状態にあるのです。

ある人は説教者が十分の一を受け取るなら、それはもらいすぎだと考える人がいます。 それこそがまさに悪魔の考えていることなのです。 悪魔は、特に神の働き人が十分なお金をもつことを非常に恐れているのです。 悪魔は富が誠実な福音の働き人の手にわたるとどうなるかを良く知っているのです。

神の考えは、悪魔の考えとはまったく違うのです。 以下の御言葉を見てみてください。

詩篇 35:27

「私の義を喜びとする者は、喜びの声をあげ、楽しむようにしてください。彼らにいつも言わせてください。 ”ご自分のしもべの繁栄を喜ばれる主は、大いなるかな。” と。」

Tテモテ5:17−18

「よく指導の任に当たっている長老は、二重に尊敬を受けるにふさわしいとしなさい。みことばと教えのためにほねおっている長老は特にそうです。聖書に ”穀物をこなしている牛に、くつこを掛けてはいけない。”また、”働き手が報酬を受けることは当然である。”と言われているからです。]

あなたは聖書の教えていることを説教し、また実践しますか、それとも恐れのために伝統を守りつづけますか?